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2010.02.10 (Wed)

フランスのファッションデザイナー ココ・シャネル

シャネルスーツ、香水のシャネルNO5で世界的名声を得たファッションデザイナーココ・シャネルは1883年8月19日、フランスのソーミュールで生まれる。12歳のころに母を亡くし、父親に捨てられ、修道院の孤児院で育つ。
 20歳になったときに、下着衣料店に奉公にで出る。その後、恋人アーサー・カペルの出資で1910年、 パリのカルボン通り21番地に「シャネル・モード」という帽子専門店を開店。 彼女は、飾りばかりで重たい当時の帽子に反し彼女は小さくて軽い活動的なものを発表した。

 1913年 - リゾート地ドーヴィルに第1号のモードブティックを開店。 1915年 - ビアリッツに「メゾン・ド・クチュール」をオープンして、ココはオートクチュールのデザイナーとして本格的にデビューする。 1916年 - 第1回シャネル・オートクチュール・コレクションを発表。

 1921年 - 本店をカンボン通り31番地に移転。シャネル初の香水「No.5」を発表。

マリリン・モンローで有名な「シャネルNo5」が生まれたのは、一種または数種の花の香料で作られた従来の香水に不満を持ち、それなら自分で「女性そのものの香りがする本物の香水」を造ろうと、高名な調香師エルネスト・ボーに依頼した。
 そして彼は試行錯誤を繰り返して、できあがった10種類の香水をシャネルに送った。
そのボトルには1番から5番、20番から25番までのラベルが貼られていた。シャネルがその10本のうちから1つだけ選んだのが合成香料のアルデヒド、スズラン、南フランスのグラースという町でできるジャスミン、バラそしてバニラ、アンバー、ムスクといった80種類にも及ぶ香料等でできている5番のラベルのボトルであった。
 迷ったあげく選んだのは、シャネルのラッキーナンバーである5番だった。
また容器も従来の手の込んだ装飾を施したのもではなくシンプルなクリスタル製の角びんを使用した。クリスタル製の容器の中に魅惑的に封じ込められた黄金色の液体が人の感覚に刺激的に映えるようにするのがねらいであった。

 シャネルは香水に関してこんな言葉を残している。

「香りって重要よ。不潔な人には、必要ないけど。 素敵なひとには、無くてはならないものよ。 香水は、本当の贅沢なの。」
「詩人バレリーは言ったわ。 『香水の趣味が悪い女性。そんな女性に未来はない』と。 香水をつけないなんて、ただのウヌボレよ。」

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テーマ : 雑学・情報 - ジャンル : 学問・文化・芸術

タグ : シャネル 香水 シャネルNO5 成功への道

16:14  |  成功への道  |  コメント(5)
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